最初から数式だらけになると、頭が混乱してきます。まずは、分布定数回路では、だいたいどんなことが起こるんかということを中心に書いていきます。
分布定数回路には、だいたい「特性インピーダンス」という概念がよく出てきます。電気回路を学んだ方ならご存知のように、インピーダンスとは交流回路上の電流の流れにくさを表す用語です。
確かに、3Ωのコイルと、4Ωの抵抗が直列に接続されたときのインピーダンスZは何Ω?と問題が出されたら、 \[ Z = \sqrt{3^2+4^2}=5 [\Omega] \] …ということで、インピーダンスは5[Ω]と計算できます。
しかし、インピーダンスという用語はもう少し広い意味を持ち、分布定数回路内では、そういった概念でのインピーダンスが使われている訳なんです。それは、単純に言えば、電圧と電流の比です。
例えば、抵抗値を求めるのに$R=V/I $を使用して、電圧と電流の比をとったものを抵抗値としていますが、これが本来の意味に近い「インピーダンス」です
ここに無限の長さを持つケーブルがあって、しかも全く損失が無い不思議なケーブルがあるとします。もしそれに電池をつないだら一体どうなるでしょうか?
答えは「一定値」の電流がケーブル内に吸い込まれ続ける、です。
いつまで経ってもケーブルの端に電気がたどり着かないので全く電流が流れないとか、はたまた無限大の電流が流れて電池がショート状態になるとかは、一切ありません。このときケーブルにつないだ電池の電圧と、ケーブルに吸い込まれていく電流の比を特性インピーダンスと呼んでいます。
また、分布定数回路上に限らず、電磁波のインピーダンスというものもあります。真空のインピーダンス(自由空間における値)は、およそ120π[Ω]≒377[Ω] です。
電磁波の電圧みたいなものである、電界の強さ $E \mathrm{[V/m]}$ と、電磁波の電流みたいなものである、磁界の強さ $H \mathrm{[A/m]}$ の比をとった $Z$ 、すなわち \begin{align} Z=\frac{E}{H} \end{align} が、真空中の固有インピーダンスと呼ばれます。その単位も計算してみると \begin{align} Z=\frac{E}{H} \Rightarrow \frac{\mathrm{V/m}}{\mathrm {A/m}} = \frac{\mathrm{Volt}}{\mathrm{Ampere}} = \Omega \end{align} と、普通の抵抗と同じ単位になってしまいます。
市販の同軸ケーブルには75Ωとか50Ω、平行2線フィーダーでは200Ωや300Ωといったようなケーブルの表示がありますが、これは、(とても長い)ケーブル内の電圧・電流比がその値になっていることを表してるわけです。
もし、200Ωの伝送線路上で5[V]の振幅の正弦波があったとすれば、電流の振幅は5/200=25[mA]と直ちに計算することができるます。(ただし、一方向にだけ信号が伝送されている前提も必要で、それを満たす代表的な条件が無限長ケーブルです。)
よく生じる間違いは日常的な意味での電気抵抗とインピーダンスの混同だと思います。「えっ!、50Ωの同軸ケーブルをテスターで測っても、そんなに抵抗はねぇぞー…0.5Ωぐらいじゃね?…」または「いやいや、先端が開放してあるから、ほぼ無限大じゃない?」とか言っても、それは、結果として芯線や外皮導体の抵抗、あるいは絶縁抵抗を測っているだけで、インピーダンスまでは測定できていません。
そんな測り方であっても、まぁ、原理的には測定できてはいるのですが、超短時間で測定を終わらさなければダメです。10mの同軸ケーブルをベタな方法で測定するのに許容される時間は、わずか0.1μ秒です。
そんな感覚ですから、もし地球から月ぐらいの長さがある理想的な同軸ケーブルを用意したとして、ようやく2秒ちょいの測定時間が確保できる具合です。これぐらい極端な条件でなければ、普通のテスターで測定するなんて無理です。
もう、ここまで来ると、インピーダンスがエネルギーを妨げるようなイメージを持つ、単純な「抵抗」で無くなることが、お分かりになると思います。
電気以外でもインピーダンスというのが出てくることが結構多く、音にもインピーダンス(音響インピーダンス)と呼ばれる物理量があります。これも電圧と電流のように、二つの事象を関係付ける量として定義されています(物質の密度×音波の伝搬速度)。電気インピーダンスとかなり性質が似通っているものです。
異なるインピーダンスをもつ2つの伝送線路同士をつなげると、その接続点で電圧と電流が跳ね返されてしまいます。例えば、75Ωの同軸ケーブルに、50Ωの抵抗をつなげるような状況です。(この場合は20%の電圧・電流が反射して、電力換算では4%が跳ね返ります。)
この反射というものが曲者で、送った電力が跳ね返されてしまうので、せっかく送った高周波電流がアンテナや機器に十分供給されないという現象が生じます。そして、電圧や電流が設計どおりにならず、測定値が滅茶苦茶になったり機器が動作しなかったりと、エライ騒ぎになります。
大電力の送信機に至っては、文字通り装置が燃えてしまうことも。
ですが、同じインピーダンスなら反射を生じません。そのため、インピーダンスマッチングを取るとか、整合を取るとか言って、高周波装置やケーブルを互いに接続させるときには同じインピーダンスとなるように気をつけます。例えば、50[Ω]の伝送路、50[Ω] の送信機、50[Ω] のアンテナ、50[Ω]の測定器…といった具合です。
それ以外のインピーダンスを使用する場合には、何らかの方法を用いて50Ωや75Ωに一致させるのが普通です。なぜ、反射が生じるかの説明は今後の課題となるでしょう
別に何がなんでも50Ωではなく、任意のインピーダンスで問題ありません。ただし、そのインピーダンスを揃えることが反射を抑えるために重要です。
市販の同軸ケーブルを例に挙げれば、採用されている値はダントツで50Ωが多く、次に75Ωです。これは同軸ケーブルの歴史的な事情によるものです。これら以外のインピーダンスをもつ同軸ケーブル・コネクタはほとんどありません。
一方、平衡対ケーブル(ツイストペア)にはさまざまなインピーダンスが存在します。二つの線を撚り合わせれば出来上がるものなので、高周波において100Ωから600Ωぐらいになるものが多いです。また、プリント基板上に作成される線路でも様々なインピーダンスが存在します。
意図的に異なるインピーダンスのものを接続する場合もありますが、それは応用の話。
分布定数回路の「反射」をうまく利用すると、あたかも集中定数回路のように振舞います。
片端をショートさせた分布定数回路を用意しただけでも、線路の長さによりインダクタ(コイル)になったり、キャパシタ(コンデンサ)になったり、ただの抵抗になったりします。さらには、擬似的なショートや回路を開放したような働きもします。線路長によって、等価的な電気回路としての性質が変わってくるのです。
そして、周波数にも深く関係してきます。なぜなら、波動の性質を利用しているため、周波数が変わる→波長が変わる→同じ長さの分布定数回路であっても振る舞いが変わる、という背景があるからです。
ある程度以上の高周波領域(たとえばVHF,UHF帯以上)になると、キャパシタはキャパシタ以外の回路要素が無視できなくなり、インダクタや抵抗としての効果を加味して考えなければなりません。ある一定以上に周波数が上昇すると、コンデンサはコイルの性質を持ち始める始末です。
そのため、できる限り部品を小型化して、純粋なLやC、Rにしようとした結果、チップ部品(SMD)と呼ばれる、極めて小さい部品が利用されるようになりました。高周波になったため、部品の大きさが問題となってきたのが大きな要因です。(もっとも、それ以外に製品の小型化や自動化の問題もあります。)
しかし、それにも限界がありますし、なかなか良好な特性を得る事が難しいものです。そのため、分布定数回路=要はただの1本線を利用し、積極的に回路素子の機能を持たせるような使い方をされています。
代表的なものは、マイクロ波領域でプリント基板上に作られるマイクロストリップライン。大出力のアンテナのインピーダンス整合に使用される、スタブなどです。ストリップラインは、かなりの高周波のために、そしてスタブは、大電力に耐える部品の入手や価格の問題で利用されています。
電磁場が全ての考えの奥底にあるわけですから、電磁波の空間インピーダンス(impedacne of space)というものが、全ての電圧・電流比としてのインピーダンスの親玉みたいなものと考えて、差し支えない(かもしれません。)
電磁波のインピーダンス ⊃ 伝送路の特性インピーダンス ⊃ 電気回路のインピーダンス ⊃ 素子のインピーダンス、てなところでしょうか。
なんで、真空中における電磁波のインピーダンスが120π[Ω] になるのかですが、誘電率εと透磁率μの比をとった量が空間インピーダンスの定義だからです \[ Z=\sqrt{\frac{\mu_0}{\epsilon_0}} = \sqrt{ \frac{4\pi\times 10^{-7}} {8.854 \ldots \times 10^{-12}} } \simeq 120\pi \mathrm[\Omega] \simeq 377 \mathrm[\Omega] \]
ところで、この透磁率と誘電率というのは、光速cを基準にして決められているために、ちょっとおかしな値をとったりします。私たちに馴染み深いMKSA単位系では、真空中の誘電率が \[ \epsilon_0 = \frac{10^7}{4 \pi c^2}=8.854187817 \ldots \times 10^{-12} \mathrm{[F/m]} \] 透磁率が \[ \mu_0 = 4 \pi \times 10^{-7} = 1.2566370614 \ldots \times 10^{-6} \mathrm{[H/m]} \] となります。ちょっと人工的というか、恣意的というか、そんな式が並んでいます。
なお、誘電率の式にある定数cは光速(定義値)です。 \[ c=2.99792458 \times 10^8 \mathrm{[m/s]} \] ここに、光速cは \[ c = \frac{1}{\sqrt{\epsilon_0 \mu_0}} \] と表されるように、誘電率、透磁率及び光速の間には密接な関係があります。光速は真空中で不変というアインシュタインの特殊相対性理論がありますので、光速は絶対的な基準となり、逆にそこからε、μが定義されることになりました。結果、MKSA単位系の都合もあり、上のような人工的な式が並んでいます。(単位系の妥協のしわ寄せをこの二つの値で調整した。)
なお、$120 \pi$というのは、光速をピッタリ$ 3 \times 10^8 \mathrm{[m/s]} $と近似した場合の値であり、特に厳密な量ではありません。式で書けば$ Z=4 \pi c \times 10^{-7} $であって、$ 119.9169832 \pi \simeq 376.7303135 \ldots \mathrm{[\Omega]} $が定義的に正しい値となります。ただ、手計算での便利さがあるので、377Ωと書くよりも頻繁に利用されているわけです。
同様の理由で、真空の誘電率は$ \epsilon_0 \simeq 10^{-9}/36 \pi $と表現されるときがあります。