海底電信線保護万国連合条約のメモ
はじめに
これは、不思議な現行条約(PDF)を読んだときの、単なるメモ書きです。
公布されたのは今をさかのぼること130年前、明治18年(1885)のこと。同時期のメートル条約と同じように締結国が難解な漢字で書かれている上に、既に消滅した国も多かったりして、あまりにも読めなさ杉なのです。
つーか、母体の連合がITUに統合されているのに、なぜこの条約だけが生き残っているのか?……きっと理由はあるのでしょうが、まったく分りません。
昭和も後半になってからようやく、明治維新の置き土産、大北電信会社の呪いが解けたので、そんな理由もあるのかも(適当な憶測)。まぁ実際の所は条約で関係国があるし、関連国内法規が生き残っているし(しかも6法令ぐらい、意外なところでは銃刀法とか。)、今さらどうのこうのするのが億劫といったところなんでしょう。
※日本の対外通信自主権の完全回復は、なんと昭和44年になってからのこと。
締結国がわからない
マジで、締結国が分りません。今は明らかに存在しない国とかあるし、清朝からの輸入語と思しき国名もちらほら。そして条約最初の原文はこれ!!
仏蘭西共和政府大統領閣下普魯西兼独逸皇帝陛下亜爾惹丁連邦大統領閣下澳地利兼洪牙利皇帝陛下白耳義皇帝陛下伯西爾皇帝陛下哥斯太利加共和政府大統領閣下丁抹皇帝陛下度美尼哥共和政府大統領閣下西班牙皇帝陛下北米合衆国大統領閣下哥倫比亜合衆国大統領閣下大不列顛愛爾蘭兼印度皇帝陛下牙徳麻刺共和政府大統領閣下希臘皇帝陛下伊太利皇帝陛下土耳其皇帝陛下荷蘭兼盧森堡皇帝陛下波斯皇帝陛下葡萄牙亜爾珈揮皇帝陛下羅瑪尼皇帝陛下全露西亜皇帝陛下薩爾波度児共和政府大統領閣下摂児比亜皇帝陛下瑞典兼諾威皇帝陛下烏拉芸東部共和政府大統領閣下ハ海底線ヲ経過スル電気通信ヲ保護スルコトヲ冀望シ夫レカ為メニ条約ヲ締結セント欲シ各其全権委員トシテ左ノ人々ヲ任命ス
近現代ヨーロッパ史は滅法弱いので、多少間違ってるかも・・・では、始めます。
- 仏蘭西 共和政府 大統領閣下
- おフランスでしょ。これは簡単、中2レベル。
- 普魯西兼独逸 皇帝陛下
- プロイセン・ドイツ。まだギリギリ読めるぞ。この頃は、ちょうど帝政ドイツが発足した直後みたい。プロシア王がドイツ皇帝になった頃なのね。
- 亜爾惹丁連邦 大統領閣下
- アルゼンチン。音読みの試行錯誤でかろうじて推測できた。そういえば、連邦制でしたね。
- 澳地利兼洪牙利 皇帝陛下
- オーストリア・ハンガリー帝国ですね。はい、読めません。この頃のヨーロッパ国境(東欧)はこの大帝国があるために覚えるのが楽。
- 白耳義 皇帝陛下
- ベルギー。読めない。
- 伯西爾 皇帝陛下
- ブラジル帝国。伯の字だけが頼り。この頃はぎりぎりまだ王政。
- 哥斯太利加 共和政府 大統領閣下
- コスタリカ。読めなさ杉。Costa Rica→哥(Co)斯(s)太(ta)利(Ri)加(Ca)かな。歌→「か」の読み予測と、瓦斯(ガス)の読み方がわかれば、かろうじていける。
- 丁抹 皇帝陛下
- デンマーク王国。抹茶しか思い浮かばなかった。デンマーク人ごめん。
- 度美尼哥共和政府 大統領閣下
- ドミニカ。音読みするとわかる。
- 西班牙 皇帝陛下
- スペイン。割合有名でしょう。
- 北米合衆国 大統領閣下
- アメリカ合衆国。読めないわけが無い。小学生レベル。しかし、なぜ亜米利加とかになっていないかが多少気になったり。南北戦争の影響かしら?
- 哥倫比亜合衆国 大統領閣下
- コロンビア。音訳すると読める。Colombia->哥(co)倫(lom)比(bi)亜(a)この頃は合衆国ですね。直後に共和国になります。
- 大不列顛愛爾蘭兼印度 皇帝陛下
- 大英帝国のこと。印度に気付けば大丈夫。グレイト(大)ブリテン(不列顛)及び北部アイルランド(愛爾蘭)連合王国・英領インドのことだと気付くのにけっこう時間がかかった。
- 牙徳麻刺 共和政府 大統領閣下
- グアテマラ。もはや漢字パズル状態。
- 希臘 皇帝陛下
- ギリシャ。割合に有名でしょ。
- 伊太利 皇帝陛下
- イタリア。小学生でも読める。
- 土耳其 皇帝陛下
- トルコ。難易度は高め。土の字で勘付くかどうか。読めなかった。
- 荷蘭兼盧森堡 皇帝陛下
- オランダ(ネーデルランド)・ルクセンブルク。蘭はともかく、ルクセンブルクはどう足掻いても読めない。条約締結の頃は、ルクセンブルク大公国がオランダとの同君連合を解消する直前みたい。
- 波斯 皇帝陛下
- ペルシャ。今ならイランかな。この呼び名はガチで古いのでたまたま知ってた。(平安期の宇津保物語に波斯国は欠かせない。遣唐使で波斯人来日してますし・・・)
- 葡萄牙亜爾珈揮 皇帝陛下
- ポルトガルというのは分るが、「亜爾珈揮」の意味が不明。たぶんに、ポルトガル・ブラジル及び「アルガルヴェ」連合王国の解消が1825年なのでブラジル離脱後のポルトガル正式国名(ポルトガル・アルガルヴェ王国)だと思われる。Algarve->亜(A)爾(l)珈(ga-r)揮(ve)。でも揮は(Hui,fai)なのが中国音みたいなので、まぁご愛敬。
- 羅瑪尼 皇帝陛下
- ルーマニア。読めません。羅馬帝国はローマ帝国なんで、ま、その、そういうことだと思います。
- 全露西亜 皇帝陛下
- ロシアなのはすぐ分かるが、最初に全と言う文字が入ってるのが分らん。後で調べてみるとロシア皇帝の正式名称らしい。ルーシの地であるロシア、ベラルーシ、ウクライナ付近を含んだ概念のようである。おそロシア~
- 薩爾波度児 共和政府 大統領閣下
- エルサルバドル(薩爾瓦多)。名作ゲーム、ゼルダの伝説は「薩爾達傳説」になってることを考えると、まぁその、そんな感じ。
中国語はわかんないけど、Salvadorの「r」は接尾-rのアル化(児化/儿化)音の「児」とか・・??El SalvadorのElは英語の"The"に相当する定冠詞と考えたら、なくても良い気がした。
Salvador -> 薩(sa)爾(l)波(va)度(do)児(r) だと思う。こんなに憶測を重ねていたら、ふと日本語法文を参照していたことに愕然とします。
- 摂児比亜 皇帝陛下
- 超分らんけどセルビアで確定。んで、1885年当時はセルビア王国だったみたいです。その時でもアルバニアが傍にあって海沿いじゃないんだが・・・謎。仏語原典にはseribieと書いてあらぁ。英語よみなら Serbia-> 摂(se)児(r)比(bi)亜(a) って感じかな。
- 瑞典兼諾威 皇帝陛下
- スウェーデン・ノルウェイ。特にノルウェイが読めない。この頃はスウェーデン=ノルウェイ連合王国。
- 烏拉芸東部 共和政府 大統領閣下
- 不明だが、読みと「東部」の記述から、「ウルグアイ東方共和国」と判明するまで相当に時間がかかった。中国語だと、鳥がWu(烏骨鶏のう)になるみたい。Uruguay->烏(U)拉(ru)芸(guay) だが、ウィクショナリーを見ると、芸をngaiと云うのは広東語読み、日本語よみ漢音は(Gei) どっち由来なのか??
その他
英語版の条文を見ると、だいたい以下のようになってました。(あくまで抜粋です。原文は王だの皇帝だの称号やらが複雑なので、国名の重要部分だけ抜粋)
- Great Britain and Ireland, India (大不列顛愛爾蘭,印度)
- German, Prussia (独逸,普魯西)
- Argentine (亜爾惹丁)
- Austria,Bohemia,etc,Hungary (澳地利,洪牙利)
- Belgians (白耳義)
- Brazil (伯西爾)
- Costa Rica (哥斯太利加)
- Denmark (丁抹)
- Dominica (度美尼哥)
- Spain (西班牙)
- United States of America (北米合衆国)
- United States of Colombia (哥倫比亜合衆国)
- French Republic (仏蘭西共和政府)
- Guatemala (牙徳麻刺)
- Hellenes (希臘)
- Italy (伊太利)
- Ottomans (土耳其)
- Netherlands,Luxemburg (荷蘭,盧森堡)
- Persia (波斯)
- Portugal, Algarves (葡萄牙,亜爾珈揮)
- Roumania (羅瑪尼)
- all the Russias (全露西亜)
- Salvador (薩爾波度児)
- Servia (摂児比亜)
- Sweden, Norway (瑞典,諾威)
- Oriental Republic of the Uruguay (烏拉芸東部共和政府)
本条約自体は昭和10年が最終改正(自由都市!ダンツィヒの加入)。ただし、本条約の罰則(国内法令)は昭和40年代に思い出したかのように改正されてたり。それも「公海に関する条約の実施に伴う海底電線等の損壊行為の処罰に関する法律」のさらに附則で罰金額だけが改訂されるというオマケっぷり。
ちなみに、批准国自体は微妙にその後も増えていて、1971年のフィジーや1976年のアルジェリアあたりで最後みたい。