ゲルマラジオ/鉱石ラジオでは、音を出すための部品(レシーバ)としてクリスタルイヤホンを使うのが定番です。
fig 1.1 クリスタルイヤホン
インピーダンスが数kΩあるのでゲルマラジオと直結して使えますし、そこそこ感度も良く、しかも値段も数百円の安価とくれば、これ以上便利なレシーバはあるでしょうか(いや無い)
それ以外の現代的なレシーバは使えるのかというと、少なくとも市販のヘッドホンやイヤホン、あるいはスピーカはそのまま使えません。インピーダンスが 8Ω から 32Ω 前後の製品がほとんどで、ゲルマラジオにつないでも感度がゼロとなるからです。
では、大昔はどうやっていたのか?というと、インピーダンスが数kΩある Hi-Z タイプのヘッドホンを使っていました。電磁石で鉄板を振動させるタイプのものです。(DCで 2kΩ か4kΩ が標準的だったらしい) ロッシェル塩結晶を利用したクリスタルイヤホンですら戦後の製品です。
fig 1.2 電磁型レシーバの製品例(復刻品)
このタイプのレシーバは直流抵抗で数kΩあり、写真のものではDCで 2.05kΩ 、 1kHz では 10.7kΩ (φ=68.4 degree) 程度のリアクティブなインピーダンスを持っています。
昭和10年代になり動電スピーカタイプのラジオが普及するまでは、このようなレシーバが一般的でした。拡声器タイプのスピーカもありましたが、このレシーバにホーンを追加したものになります。fig1.3 は大正末期のラジオ製作指南書からの抜粋です。(最新ラジオ受信機の組立と部分品の作り方 奥中恒一 p.46 1924 弘文社)
fig 1.3 大正時代の製作記事
とはいえ、現代ではこの手のレシーバは入手が困難。かといって、市販のオーディオ用レシーバではインピーダンスが低すぎてゲルマラジオには使えません。
そこで颯爽と登場するのが、古典的で確実な手法、トランス(変成器)によるインピーダンス変換です。これなら無増幅のまま、数Ω程度のオーディオ製品を、検波器に最適な数k~数百kΩのインピーダンスで使える訳です。
実際にこの手法を使ってヘッドホンやコーン形のダイナミックスピーカを鳴らすなどの製作例が幾つも Web で発表されていることが分かります。
しかしながら、このトランスにはいろいろな問題があり、単純に使うと感度・音質の低下という罠が潜んでいたのでした。(途中、中断しつつも足がけ7年ぐらいかかってます。)
このページは、最強感度、最高音質(あくまでAMラジオ用だけどね…)を追求するために必要な実験レポート、そして適用方法をまとめたものです。理論については別ページを予定しています。
8Ω-16Ω系の市販オーディオ製品をゲルマラジオで使うには、有徳電子で販売されている ZHW-BT-OUT-101 (200kΩ:8Ω)を3個直列に使うと安価に最も良い結果が得られた。
220kΩの超高インピーダンスでありながら、 1dB 以下の変換ロスで市販のイヤホン/ヘッドホン/スピーカなどに伝達できる。
SONYのイヤホンと組み合わせると、一般的な受信回路構成にかかわらず10倍程度に高感度化できた。(-30dBm → -40dBm)。
150Hz-10kHz の帯域幅で高音質
電波が強く受かる環境であればスピーカも十分に鳴るでしょう。
本ページでは割愛しますが、定番のサンスイSTトランス(橋本電気製)は、この用途に使うと2個以上組み合わせる必要があるのに加えて、鉄損・銅損が共に大きく、低音の減衰も強いので使いにくい印象でした。小型トランジスタ回路向きなことを実感した次第。
また、オーディオ用途ではなく、変圧比の大きい電源用トランス(菅野 SPT-6305 220V/6.3V)の流用が出来ないかと試験してみましたが、変圧比の都合上1次インピーダンスが6kΩぐらいになってしまうので、悪くは無いが今ひとつ。
そもそも、STトランス以外の High-Z トランス自体がレア品ですので、製品選択や工夫の余地が限られるのが、この辺の苦しい所です。(私自身は真空管アンプ用に設計された春日無線変圧器の OUT-41-357 (7kΩ:8Ω)を標準的に使っています、もっとハイインピーダンスのものが欲しいのでした。)
目標は、100kΩ - 500kΩ オーダのインピーダンスの音声出力を、適切にトランスを使って、ロスを極力少なく、音質もそこそこの状態を維持したまま、市販オーディオ製品用の8Ωに変換することです。
ゲルマラジオの検波器部分は、高いインピーダンスで動作させるほど感度が上昇します。高周波振幅に依存して検波効率が変化する性質上、なるべくHi-Zにし電圧を上昇させる必要があり、 100kΩ 以上は確保しておきたいところです。
またハイインピーダンスであれば、同調回路のQが下がらないため選択度が良くなって混信が減る効果も出てきます。
以前からスピーカやヘッドホンを鳴らすのにサンスイの ST-32 (1.2kΩ:8Ω) を使うケースが多いと思いますが、ゲルマラジオの負荷としてはかなり低いインピーダンスとなるため感度も低くなりがちです。結局、強電界地域・大型アンテナありきの回路構成になってしまい、単純に市販オーディオ製品を使いたいという用途では低性能です。
ここの部分は、たぶんに趣味が入ります。今回は感度追求と評価の観点から、ヘッドホンやスピーカではなく「イヤホン」に絞っての選定としました。
イヤホンを選ぶにあたっての個人的な基準は、豊富に流通のある一般製品であることです。加えて5,000円以内の価格帯で、なるべく高感度かつ耳が痛くなりにくいものを探しました。
イヤホンのタイプにはカナル型とインナーイヤー型の2種類が代表的ですが、インナーイヤ型はどうにも感度的に不利なので、カナル一択で調査。そもそもクリスタルイヤホンもカナル型の元祖なのでは?と、今さらながら気付く場面も。
ヘッドホンを選ぶとするなら、これも音漏れが少ない密閉型がよいでしょう。
なお、スピーカは実効的な感度の面が不利ですが、バフル板を使う形式よりも大昔の蓄音機のような指数ホーン構造にすると感度に期待が持てそうです。(初期の真空管式ラジオで使われた手法)。ホーンは高効率な音響放射(30% - 50 %)に特徴があり、メガホンはその一例です。
結果として私の選んだ製品は、SONYの MDR-XB55です。(2,790円)
fig2.1 SONY MDR-XB55
ちょっとクセがあって後で悩ましい部分もありましたが、スペックだけで見ると、なかなか良かったでこれを選択。
インピーダンス | 16Ω (1kHz) |
---|---|
感度 | 110 dB SPL/mW |
再生帯域 | 4Hz - 24kHz |
ケーブル長 | 1.2m |
コネクタ | L型ステレオミニプラグ |
110dB SPL/mWと平均よりも10倍近く感度が高く、かつカナル型なので、周囲雑音の遮蔽を含めた実用感度に期待を込めての部分もあります。
16Ω のインピーダンスは、両耳のLRを並列接続してモノラルにすると、実質 8Ω のイヤホンとして使えることを考慮しました。
一つだけ悩ましかったのは、音質が低音ブーストだったところです。よく見たらパッケージに EXTRA BASS と書いてあるんですね。実際に聴いてみてからこのことに気付きました。
これぐらい低域強調されると、設計との差異が目立ちます。結局、音質をウォークマン用のイヤホンで再確認したりして、少々面倒でした。
誤解を招きそうなので一つ付け加えると、この低音強調という特性はシステム評価の邪魔になっただけで、実用的な観点ではトランスの低域カット特性を補償する働きがあるので、音質的にはむしろ有利だと思います。
SPL: Sound Pressure Level は「音圧レベル」を意味する略語で、かつては「ホン」呼ばれていた音量の単位です。あくまで空気圧力(Pa)なので、電気でいうところの電圧と同じ感覚で捉えるとよい。音響パワーは SPL の2乗に比例する。
0dB SPLはヒトの最小可聴レベルである $ 2 \times 10^{-5} \ \rm{[Pa]}$ の音圧振幅と定義されていて、 20dB 増えるごとに音圧は10倍づつ、パワーは100倍づつ増加していきます。
110dB SPL/mW のスペックが正しいとしたら、 16Ω に 1mW を加えたとき、すなわち、 126mV(rms) の実効値電圧で、車のクラクションを間近で聞いたぐらいの大音量。軽く聴力障害が懸念されるレベルに達します。
1mW=0dBm でこの状態なので、実際にこんな“ハイパワー”を入れると危ない!。入力パワーが 10dB 下がるごとに、 SPL も 10dB づつ低下する計算。
市販のオーディオ用ヘッドホン・イヤホンでは、90dB - 115 dB SPL/mW 程度の範囲にだいたい収まります。今回は 110dB と欲張りましたが、 100dB ぐらいあればまぁ良いかなと思える範囲です。ゲルマラジオの試作工房様で発表されているレポートと同意見です。
なお、市販のオーディオ製品スペックは、大きな勘違い(誤記)が目に付く部分もありますので、気をつけましょう。例えば販売店で 120dB SPL/mW を超える表記の製品は、メーカ公式サイトに行ってよくよく調べてみると 1mW ではなく、 1V の入力時のことだったりします。
SONYのイヤホンは、ごく普通のものなので、LCRメータを使ってインピーダンスを測定しました。以下はその結果です。
T=22.3℃ | L | R |
---|---|---|
Z (DC) | 18.5Ω | 18.5Ω |
Z (1kHz) | 18.8Ω $\theta$=1.5 deg | 18.7Ω $\theta$=1.4 deg |
上記の結果から、イヤホンをLR並列にしたとき、9Ωのほぼ純抵抗とみなします。わずかにインダクタンス分がありますが、1.5°以下の偏角なので50uH前後しかなく、この分の寄与は無視できます。
なお、1kHzでの測定は、外耳道に挿入するかしないかで僅かに結果が変わりましたが誤差の範囲 (開放すると0.1Ωぐらい増える)。上記の結果は、耳に実際に挿入して測った値です。
音圧感度の測定は機材が無いので無理ですが、FM放送や音楽を利用した主観的な実測では、「平均的な入力電力」を -56dBm前後 (2.5ナノワット)にすると十分快適と言える音量に感じられました。 (計算上は 54dB SPLになる。)
検証手段が無いものの、快適なラジオ聴取に必要な下限音量をおおむね50dB SPL程度と想定しておきます。(入力パワー平均値を -60dBm = 1nW が実用下限とすることと同等。)
本イヤホンを基準として、市販のクリスタルイヤホン(セラミック)の感度を1kHzで比較してみたところ、その差が 16dB 程度あるという暫定結果も得られました。どうやら一般市販品でもクリスタルイヤホンより10倍以上感度が良いようです。
fig 3.1 低周波オートトランス BT-OUT-101
有徳電子で販売していたので、興味が湧き購入したトランス。1個500円とかなり安価である。届いた箱を見ると正式品名は ZHW-BT-OUT-101 のようである。NPOラジオ少年で販売しているBT-OUT-101と同規格品ですと書かれています。有徳電子さんの方が半額近いのはなんでだろう。
これまで各種のトランスを試していたものの、あまり上手くいかなかったこともあり、高インピーダンスを期待してダメ元で買ってみたもの。ところが、周囲の状況に敏感でピーキーな部分はあるものの、上手に使えば十分高性能であることが分かったものです。
公式での公表スペックは無いに等しく、ただ単に 200kΩ:8Ω の記載があるだけで、これでは心もとないということから、いろいろ調べることにしました。
fig 3.2 BT-OUT-101 結線図
製造はかなり雑に見えます。1個を犠牲にして完全分解して調査してみると、このオートトランス (Autotransformer:単巻変成器) と称されている商品は、単に1次巻線のGNDと、2次巻き線の8Ω端子を共通端子にしているだけのようです。 なんともったいない!
1次巻き線はAWG#40番 (D=0.0794mm) でした。手持ちのノギスではD=0.05mm前後で測定できないほど細く困ったのですが、巻線を1メートルほどいて抵抗値を測定し、そこから間接的に特定した線番です。
2次巻線はノギスでD=0.4mmでしたので、AWG#26と思われます。
オートトランスとして銘打たれている割には、1次2次の巻線は完全分離しているようなので、いろいろと遊ぶためにノーマルトランスへ変身させてあげます。
共通端子(8Ω)から太い方の2次巻線だけを外して、余っている横の端子に半田付けしてあげます。1次巻線側を外すのは細すぎて切れやすいのでお勧めしません。
fig 3.3 BT-OUT-101 2次巻線の取り外し改造
共通端子に半田吸い取り線を付けて、半田を吸い取ったあと、部品の足曲げ専用に使っている先細丸ペンチ(マルト長谷川工作所 HRC-D14)で2次巻線を摘んでグイとほどくように引っ張るとうまく2次巻線だけが取れました。2次巻線が分離できたら、右隣の端子に巻きつけて半田揚げします。それ以上遠くの端子に離すのは余長がなく無理そうでした。
うっかり1次巻線も取れてしまったものも1,2個ありましたので気をつけましょう。何とか修復はできましたが、切れやすいので泣きながら補修しました。
fig 3.4 BT-OUT-101 改造後の結線図
トランスの等価回路としては、磁気回路モデル、電気回路モデル、その中間的なモデル(電気学会モデル)の3種類が代表的ですが、コアの鉄損を考慮しつつも、巻線数仕様が不明なことから、電気学会モデルを採用しました。
以下の図3.5が測定結果を等価回路図(1次側換算)で表したものです。
fig 3.5 BT-OUT-101 等価回路図(1次側換算値)
このトランスの測定に関する詳細と理論的な説明については、(付録4)を参照して下さい。
変成比 $a$ (≒巻線数の比)は公称変成比 $a_n=158.1$ に対して、注意深く測定した結果は、157.6 - 157.8程度で、ほぼ公称比である158としてよいでしょう。結合度も $k=0.9986$ と、音声用トランスとしては十分です。
変成比が大きいので、2次側の1Ωは1次側で 25kΩ ものインピーダンスになり、測定には大変な苦労を重ねる羽目に陥りました。みの虫クリップなど使ったら接触抵抗の影響とみられる大きな誤差が出たので、いちいち半田付けが必要な程です。
2次巻き線の直流抵抗(DCR)は、わずか 265mΩ しかないものの、入力側では6.5kΩに見えるということからもそれは実感できます。
上記の測定値は、変圧比を除いてあまり精度は良くないものと考えてください。相当に周囲環境の影響を受けますし、サンプルごとのバラツキも結構ありました。巻き線抵抗は温度が 5℃ 変化すると 2% も抵抗値が変わりましたし(実は理論通り)、結局温度計をトランスの傍に置いて測らないと、何が正しいのか迷うことになります。
むしろ巻線抵抗を測定することで室温測定も可能なことが分かってしまいました。暖かいときには 830Ω 近いのかと思いきや、寒いときには 810Ω ぐらいだったりして、最初はえらく戸惑う羽目になったのです。(直流抵抗ですら何故かサンプルのバラツキが大きい。7サンプルで 792Ω-843Ω も散らばった。)
また、少なくとも本トランスは外部磁場の影響がよく見られます。帯磁したドライバーをちょっと近づけるだけで、1次インダクタンスが 2-3H ぐらい上がり、コア損が増えました。偏磁による磁気飽和の影響ではないかと考えています。
さらに、巻き線抵抗を一度直流で測定すると、コアが帯磁(偏磁)してしまうので、その影響も大きいようです。しばらく交流を流して安定するまでは、測定値(インダクタンス、コア損失)がどんどん減少していきます。
低周波オシレータを使った積極的な消磁も試してみましたが、あまり良い結果は得られていません。
なお、本トランスでは、周囲温度によってインダクタンスが数%変化することがよく観察されました。室温が低いとインダクタンスが低くなり、コア損が減少する傾向。以下は一例です。
L1=37.67H Q=147 (T=19.6℃)→ DCR測定 → 42.54H Q=124 → 2時間連続測定 → 39.85H → 翌朝 37.06H Q=146 (T=17.6℃) → 37.61H Q=147 (T=19.3℃)
この他、トランスに物理的な圧力を加えると、インダクタンスが上昇し、コア損が増加する現象も見られたことから、温度によってコア材が熱膨張し、コア同士の接着部分のギャップが僅かに狭くなり、パーミアンスが上昇(磁気抵抗が低下)しているのではないかというのが個人的な仮説です。(温度変化によってコアの透磁率が変化する分も含まれているかもしれませんが、詳細な物性は不明なのでこれ以上の追及は断念。)
これは、他のトランスと比較すると分かるのですが、鉄損(コア損)が少ないです(40MΩ-60MΩ程度)。サンスイの ST-12 (100kΩ:1kΩ) では 400kΩ ぐらいでした。
また、巻線の抵抗損失である銅損も良好です。 9Ω×25k=225kΩ 程度の負荷に対して銅損分は 7.4kΩ に過ぎず十分に小さい(3.1%)と言えます。
残念なのは定格インピーダンス (200kΩ) に対して励磁インダクタンスが小さいこと (40H) です。
負荷に 9Ω のイヤホンをつないだとき1次側からは 225kΩ の抵抗に見えますが、励磁インダクタンスが並列に入るため、周波数に応じた無効電力が生じます。
もし 1kHz の周波数ならば励磁リアクタンスは +j250kΩ 程度で、負荷とほぼ等しくなる計算。これでは力率が悪く、トランスの挿入損失が増加してしまいます。(1kHzで74%の伝達効率 = 1.3dBのロス)
数kHz以上の高音域では励磁リアクタンス分が無視できるほど大となりますから問題は無いのですが、低音域の 100Hz-1kHz あたりの伝達効率がとても残念な結果に。
結局のところ低音域がダメダメということになります。高音域に偏った音質という、自作ラジオにありがちなパターンです。
ハイエンドオーディオの音質を目指す訳ではありませんが、低域をもっと伸ばしてあげるには、 40H しかない励磁インダクタンスを増加させるか、あるいは負荷インピーダンスをぐっと下げる必要があります。
しかしながら、巻線を増やすことは現実的でないので、トランスを複数個組み合わせて特性を補償することを考えてみました。
fig 4.1 直列接続したトランス
普通はトランスでこんな結線を使うことはありません。変成比が全く変化しないのにトランスがたくさん必要になるからです。
この一見無意味な結線は、トランス1個あたりの使用インピーダンスを下げられることが唯一のメリットです。
トランスの低域特性を改善したいとき、使用インピーダンスを定格より下げることが解決方法の一つです。今回のように 200kΩ:8Ω が定格なら、 100kΩ:4Ω とか、 50kΩ:2Ω として使用すると、より広帯域で高力率のトランスになります。
ところが、使用インピーダンスを下げる際には巻線損失の増加に注意が必要です。巻線の抵抗値は一定なので、巻線抵抗が支配的になるからです。
要は、同一インピーダンスのままトランスを分割するほど銅損が増加するというお話です。
インダクタンス増加によるロス低下分と、銅損ロス増加の合計値が最小になる最適条件を探ると、3個が最適解と出ました。4個以上だと銅損が目立ち、2個だとインダクタンスが不十分です。(1kHzの信号周波数での条件算出)
fig 4.2 3個直列トランス全体の等価回路(簡易)
図4.2は、3個直列接続結線をしたときのL型簡易等価回路です。
この等価回路を使って SPICE でざっとシミュレーションしてみると、トランス1個単体での -3dB カットオフ周波数が 447Hz であるのに対し、3個分担時には 176Hz まで低域特性が伸びました。
fig 4.3 3個直列トランス使用時の伝達ロス (SPICE)
高域でのロスがやや増加しますが、低域が十分に延びる効果がよく出ています。1kHz以下では分割する方がロスを小さくできることが分かります。
放送の音声スペクトルを考慮すると、この特性の方が感度が上昇するように思えます。すなわち音声のトータルパワーが増加して明瞭度が向上するという仮定です。
なお、この特性はトランスとイヤホンのみの特性であって、検波回路として動作させたときの高域特性はより悪化します。これは、検波器に 100pF 前後のキャパシタが並列にぶら下がるからです。
信号源インピーダンスを 220kΩ にして、トランス1個単体と、3個直列にした状態を比べると、聴感上で明らかな差異が確認できました。
実際に聴いてみても、想定どおり低域が延びて周波数特性が改善されたように感られます。
しかしながら、音楽の種類によっては時折り飽和してるような音質になってしまいました。
それから、想像以上に高音域が失われてこもった音質に感じられます。(ラジオ受信用としてはギリギリ許容範囲)
何か想定外の特性になっているようなので、実際に伝送特性を測ってみると、帯域内に鋭い共振が発生して、 2.9kHz 近辺で 10dB 以上のノッチが発生していました。高域が落ちたように感じたのはこれが原因のようです。
fig 4.4 3個直列トランス使用時の周波数特性(実測)
時々割れたような、飽和気味の音をだしていたのは、共振が発生して特定周波数で磁束飽和が発生したり、位相特性がおかしくなっているのではないかと想像。
この後、根本的な要因に気付くまでに、1週間以上費やすことになるのでした…。
なお、音質はともかく感度は非常に面白い世界に突入したので、何かと驚きの多いトランスでした。増幅をしていないのに、端子を手で触れるとハムノイズが聞こえてきたりします。
入力Zが 200kΩ を超えるハイインピーダンスの世界では、ホット側端子を繋がなくとも浮遊容量だけでテスト音源が聞こえてくる怪現象も発生。配線を接続する代わりに両手で端子に触れているだけでガンガン音楽が鳴ったり…と、感度面に関しては狙い通りのようです。
トランスを3個組み合わせた途端に、鋭い共振をするようになった原因は、それまで無視していた1次―2次巻き線間の静電結合のようです。最初はトランス間の磁気結合を疑っていたのですが、トランス間距離には無関係な現象でした。
どのサンプルも、おおむね 60pF から 80pF の静電結合があることは分かっていたのですが、これが1次側の励磁インダクタンスと直列共振して1次側から2次側への通り抜けが発生しているらしいことが、簡易検討と SPICE シミュレーションで浮かんで来ました。
特に、アース側から見て1個目と2個目のトランスからの通り抜けが主因ぽい。
fig 4.5 トランスの静電結合
元々オートトランスだったのを無理やり普通の絶縁トランスとして改造したので、これは自業自得。この静電容量値は ST-12 だと 20-24pF ぐらいです。後付で静電遮蔽なんてできませんし、市販品でも静電遮蔽トランスって言うのはかなり特殊な世界。
2次側のイヤホン回路と1次側とを、共通GNDにするのではなく、完全に分離して回り込みルートを絶つのが一つの解決方法ですが、現実には人体の静電容量など影響しそうで、対策としては悪手のように見えます。(なんだかんだ電位は共通化しておく方が良いという経験則あり。)
SPICE では、各トランスの2次巻線に均等に負荷が掛かれば、言い換えれば、各トランスに 3Ω の負荷が付いていればこの共振は収まる見込みです。3つのトランスが直列になって単一 9Ω のイヤホン負荷につながるのがよくない模様。イヤホンは3分割できないので、代替案を考えねばなりません。
等価回路的には、負荷が3等分されてそれぞれのトランスが分担するという仮定をしていたのですが、共振現象に関してはどうもそうならないという、なんか腑に落ちないシミュレーション結果。
そこで、各2次巻線に軽い負荷を付けて共振をダンピングしたらどうかとシミュレーションしたところ、 22Ω 程度の負荷を各トランス2次側に付けておくと周波数特性がほぼフラットになることが判明。
fig 4.6 共振対策回路
伝送ロスは多少増えるものの、これで共振の暴れがほとんど抑制できることが実測でも確認できました。
fig 4.7 対策後の3個直列トランスの周波数特性(実測)
これでFMラジオや音楽を聴取したところ、 220kΩ の入力インピーダンスを確保しつつ、十分に満足できる音質になりました。AMラジオ用としては申し分無いものと思います。
検波器とトランスを組み合わせる方法を設計するには、DC電流をトランスに流すか否かという最初の選択肢があります。とりあえずDCカットする方をAタイプ、DCを重畳させる方をBタイプと称しておきます。
fig 5.1 トランスとの結合方式
BタイプはDC電流を流しすぎるとトランスの磁化による偏磁の懸念があるのが一番難しいところ。とは言うものの、ゲルマラジオであることだし 220kΩ の抵抗を噛ませてDC負荷とAC負荷が等しくなるようにしておけば良かろうという安易な考えで、トランスに直流を経由させるB回路の形式としました。
強電界地域でスピーカを鳴らしたい場合には、逆にAタイプの方が有利かもしれません。ここでは「感度」のみを追求しています。
このB回路を選択するメリットは、音声信号のロスが無いことです。図5.1のAタイプのようにカップリングキャパシタ Cc でトランスに流れる直流をカットするのもよいのですが、負荷抵抗の220kΩにも復調した音声周波エネルギが半分喰われてしまい、 110kΩ ぐらいの負荷の重さになります。(AMサイドバンドに対するインピーダンス)。よって、感度的には3dB程度Bタイプが良いはず。
実際には非線形の回路中の振る舞いなので半分というのは目安に過ぎませんが、AM変調波の Carrier 成分ではなく、 Sideband の入力インピーダンスが低下することになりますので、結果としては変調度が低下したように見えて、やや感度が落ちると思います。
最終的な回路は、下の図5.2に落ち着きました。同調回路やアンテナ回路などのRF回路については、あらゆる形式が考えられるので、今回はダイオードからイヤホンまでの部分が設計・検証対象となります。
fig 5.2 検波器としての最終回路図
Ccに 0.068uF を選んだ理由ですが、 100Hz におけるCcのLossをほぼゼロにする設計目標に少し余裕を足しこんだものです。 0.047uF 程度でもLossの増加はありませんが、それ以下にすると低域Lossが目立ってきます。実装では1個10円の安価なフィルムコンデンサを使っています。(鈴商で買ったいろいろ思い出のある品…)
まずは、 SPICE でダイオードのカソード端子から見た回路のインピーダンス(駆動点インピーダンス)を確認します。事前に幾つかのポイントは実測していますが、周波数範囲が広いので 1Hz から 1MHz までの予測値を出してみました。
fig 5.3 駆動点インピーダンス
DCに対しては 220kΩ ですが、 Cc=0.068uF のバイパスが効きはじめる周波数ではトランスの励磁リアクタンスが小さいこともあって、直列共振が発生しており、 50-60Hz の商用周波数のZがカクンと低下しています(計算上は55Hzで共振)。想像とは裏腹に毒にも薬にもならないようで、少なくとも出力には何も影響を与えていません。
後は音声周波数に移行すると漸次、 200kΩ 台に達しこれは設計意図通りです。
中高域では Co=100pF の影響でハイカットになりますが、 10kHz までは 100kΩ を確保しているので、音質的には良いといえるでしょう。(日本におけるAM放送波の変調スペクトルはプリエンファシスを考慮しても 10kHz で十分。)
10kHz 以上の高域では、検波用キャパシタ Co=100pF の効果が出てきてグングンZが低下していきます。というか、低下してもらわなくては包絡線検波器として動作しない。気になるのは最も条件のきついAM放送バンド端の 500kHz ですが、ここで 2.2kΩ と十分に低Zになっていますので、高効率な検波が期待できそうです。
この値はトランスの浮遊容量も含めたものですから、もう少し安全サイドに検討してみましょう。仮にトランスの浮遊容量と静電結合がゼロであっても Co=100pF が効きますから、 500kHz におけるリアクタンスは $1/\omega C =3.18\rm{[k \Omega]}$ と計算できます。つまりこのような最悪な条件でも 220kΩ の負荷に比べれば問題ないレベルと判断できます。
総合的な伝達特性は、図5.4の青線のようになりました。赤の破線はSPICEでのシミュレーションで、だいたい一致していることが分かります。
fig 5.4 検波回路負荷としての総合伝達特性(実測とSPICE)
実測の高域特性がSimulationより僅かに良好なのは、トランスの1次―2次巻線間の静電結合モデルが不完全なためや、各パラメータのバラツキによると思うものの、詳細は不明です。極端に違うわけでもないのでこれで良しとしました。
fig 5.5 LT-SPICE model
fig 5.6 実験風景
性能面では大変満足な結果が得られましたが、最終的にまとめると以下の通りになります。感度についてはイヤホン仕様からの想定かつ両耳の合計値であることに注意。
Zin | 220kΩ (1kHz and DC) |
---|---|
Zout | 9Ω (1kHz) |
Band Width(-3dB) | 150Hz - 10kHz |
Loss | 0.88dB (1kHz) |
Sensitivity | -53dBm (Average) / 57dB SPL |
音質と聴取感についてはクリスタルイヤホンと比較する方がおかしい程度に良好です。ただ、クリスタル側も高域が持ち上がっているせいか音声放送の明瞭度では悪くないように感じました。
電圧感度としての目安は、電子電圧計(平均値検波方式/実効値換算)の目盛りが平均的に 20mVrms 前後を示すならば主観的に「聴取に耐える」と言える音量でラジオ聴取が可能でした。
クリスタルイヤホンと正確に感度比較するのは理論的にも実際的にも簡単ではないのですが、電圧感度自体はクリスタル側が良いのは間違いないです。ただしインピーダンスが30倍ほど違うので、その分を割り引いて考えると、本システムの方がやや優勢だろうと考えています。
それから実際にゲルマラジオとして動作させてみた場合の感想です。FM放送音源をSGに入力・変調して聴取したとき、実用感度としては -40dBm (Carrier), m = 30% あたりが限界のように思われました。ここで m は変調度です。ここから推測すると、クリスタルイヤホン直結に比べて10倍程度の高感度ということになります。選択度も同調回路直結にもかかわらずなかなかシャープです。
補足すると、このシステムはHigh-Zの影響でダイオードとの相性が強く出るようです。実際にいろいろ取り替えて試す必要があると思います。私の試験では、なぜだか 1N60 や SB0030-4A との相性が抜群でした。要因分析まではしていませんが、 1SS108 や 2SA50 だと逆に低感度です。
なお、本レシーバシステムの総合Lossを計算する方法は幾つか考えられますが、最終評価に使用したのは、電源の最大供給可能電力に対する負荷電力の比です。信号源は1Vrmsに固定していますので、 220kΩ の内部抵抗がある電源の最大供給パワーが 1.136uW になります。
負荷は純抵抗なので、単純に両端電圧を実効値で測定し2乗してから、9Ωで割れば消費電力が求められます。例えば 1kHz では 2.89mVrms の出力電圧でしたので、
といった感じで計算をしてあります。
この方法は、インピーダンス整合も含めた電力Lossなので、信号源インピーダンス、要はアンテナ―同調回路―ダイオード側のインピーダンスが異なるとLossが増加します。
とは言え、8Ω- 9Ω のイヤホン側インピーダンスさえ守れば、検波回路の「入力」インピーダンスも 100kΩ 前後になると想定でき、これに合わせて同調回路やアンテナ回路などを設計・製作すれば最良状態を維持できます。もっとも、ステレオタイプのイヤホンを並列接続する前提ですので、準備するのは 16Ω 仕様のイヤホンであることに注意してください。
比較的安価で、高感度ハイインピーダンスのレシーバシステムが構築できたのは良いのですが、実装面で少々使いにくい点があり、これが課題となっています。
ピン端子タイプのトランスなので、基板に配置するのが良さそうですが、ピンが太くて 0.9mm から 1mm 程度あるので、普通の万能基板には刺さりにくい(刺さるには刺さった。)。ピン間隔は 2.54mm ピッチで2孔分(5.08mm)なので、こちらは問題はなし。結局、実用性のためには基板を新たに焼かないといけないかな?と思っています。
ただ、サンスイ(橋本電気)のSTトランスと違って、ピンのみで基板に固定できるタイプなのが楽です。STトランスは基板加工が面倒ですもの。問題はどちらかというと、STトランスに比べて巨大であることです。
あとはリアルな環境でのフィールドテストですがこれはまだ未実施です。我が家では室内でAM受信が出来ないので、実環境でのテストをどうするかが悩みどころ。
試験系を組んでもSGでAM変調かけて感度測定ぐらいしかできないので、放送波による音質チェックや混信なども含めたフィールド総合試験が難しい。以前も、野外に出かけてロングアンテナ張ったりするなど移動運用していましたが、結構大掛かりになるのに加えて屋外では測定器が限定されるので辛いのですねー。
自宅で受信ができる幸せな方は、トランス代1,500円とイヤホン代3,000円でできるこのレシーバシステムで遊んでみてください。
リンク:(付録4) トランスの測定と理論